さとうきび栽培、ゼロから始めた初年度の記録

「お砂糖をいちから作ってみたい」──そんな好奇心から、さとうきびの栽培を始めて6年。加工に取り組んで5年が経ちました。

実地経験はゼロのまま、いきなり畑に立った6年前。

正直、詰め込んだ知識だけでは立ち行かないことも多く、何が正解なのかもわからず、疑問だらけの毎日。それでも、手だけは動かしながら、がむしゃらに突き進んでいました。

今思えば、無駄なことや間違っていたことも多かったけれど、そんな日々でさえも、太い根っことなって、いまの活動を支えています。


今回は、そんな農業一年目──2019年、初年度の記録。
何をして、何を感じたのか。エピソードを交えながら、ざっくり振り返ってみます。


※写真をいくつかはさみますが、虫などの写真はありませんのでご安心を。

目次

1. 始まりは、350㎡の畑から

初めてお借りした畑は、しばらく耕作されていなかった荒れ地。
冬の間に、枯れ草などを全て撤去して裸地にしたあと、トラクターを一度だけお借りして地表を均しておきました。

その後の一年間は、機械に頼らず、農具を駆使しながら、自分の手と足を使って取り組むことを決意。
効率よりも、昔の人がどんなふうに汗水たらして手間と時間をかけていたのか、少しでも体感しておきたかったのです。


主に使った農具は、鍬・鎌・スコップ。どれも理にかなった形と刃の角度で、コツを掴むと体に負荷がかかりにくくなっています。何千年と受け継がれてきただけのことはあると、最初のころは感心しきりでした。

2. 肥料作り「ほかほか」と微生物たち

さとうきびをいちから育てるなら、土づくりも手間を惜しまず自分の手でやってみたい。そう思い、肥料も自作することにしました。手に入りやすい米ぬかと微生物資材を使って好気性発酵させた肥料です。やり方はひと通り調べていたので、あとは実践するのみ。

数日後──


米ぬかの山に手を入れてみると、手のひらにじんわり伝わってくる熱。
まるで砂風呂のようで、思わず「おおっ」と声が出てしまいました。温度計をみると50℃近くまで上がっていて、発酵がしっかり進んでいました。


微生物たちは目には見えないけれど、確かにここで生きている──。その証を、温もりで感じたはじめての体験。
熱を発することは知識として知っていても、それを自分の肌で感じると、実感の深さがまるで違いました。


市販の肥料を使っていたら、きっと出会えなかった感触でした。

3. 順調だった、さとうきび栽培

初年度は、さとうきびがいったいどのように育つのか、まずは4品種を植えて、それぞれの相性や特徴を確かめる実験を行いました。

実際、品種によって細かな違いが見られました。初期の成長スピード、芽の伸びる角度、分蘖の量から始まり、大きくなると茎の太さや色味、節の間隔、枯れた下葉の剥がれやすさ、などなど。


さとうきびって、こうやって育っていくのか、と日々たくさんの発見がありました。


特に目を見張ったのが、梅雨の時期の加速度的な成長です。

雨のあとに畑を訪れるたび、「えっ、また大きくなってる!」と声が出るほど。雨の恵みとさとうきびの驚異的な生命力に、ただただ感嘆。熱帯雨林が原産だということがよくわかる光景でした。

そのようなたくましい成長過程で、植えた場所によって、生育に明らかなムラがあることもわかったのですが、結局、土の中の状態が違うのかも……くらいで、はっきりとわからずじまいな点もありました。

そしてもう一つ、気になっていたのが虫の存在です。畑に長い間いると、いろいろな種類の虫があちこちで静かに共生しているのがわかります。
最初はどれが害虫かの判断もつかず、すべてに警戒していましたが、実際には、葉をかじっているバッタを見かけたくらい。ほとんどの虫は、ただそこにいるだけのようでした。


実は虫が苦手だったこともあって、最初は見かけるたびにびくびく怯えていました。
でも、「ここは虫のいる場所」と、いつの間にか意識が変わり、じっくり観察できるようにもなったのだから、不思議なものです。
不意に出てこられると、さすがにびくっとはなりますが。


何事も、慣れです

4. さつまいも栽培

実は、さとうきびの苗に限りがあったので、1/3ほど畑が空いていました。そこで試しに植えてみたのが、さつまいも。
理由は単純。「土質に合いそう」「初心者でも育てやすそう」「日持ちする」──そんな三拍子がそろっていたからです。

参考にした本は、井原豊さんの「家庭菜園ビックリ教室」。おかげで苗はしっかり活着し、7月ごろまでは順調でした。


ところが突如、異変が。
──きれいな色をしていた葉の色が濃くなり、どんどん大きく繁茂し始めたのです。


どうやら隣の畑でたっぷり撒かれた牛糞堆肥が影響していたようでした。畑って、つながっているんだなぁと痛感。
どうなることかとやきもきしましたが、結果としては、小ぶりながらもたくさん実ってくれていて、ほっとひと安心。初年度にしては十分な出来栄えでした。

でも…、収穫の際、さつまいものつるをどかしたときに、葉の下から、少し大きめのぴょん吉が出てきたのです。しかもつがいで。
その手の生き物は、大の苦手。驚きのあまり心臓が止まるかと思いました。


それ以来、さつまいも栽培は封印。視界のきかない葉の下で「何かが潜んでいる」状況は、私にとっては耐え難いホラーなのです。

5. 草むしりとの闘い

さとうきびの観察のかたわら、畑で最も長く続いた作業があります。
それが、草むしり。


4月も後半になると、まるでスイッチが入ったかのように、一斉に生え出します。除草剤は使わないと決めていたので、ひたすら気合いと手作業で向き合いました。


毎日ローテーションで区画を決め、這いつくばって草を抜き続ける日々。それにしても、なんであんなに次から次へと生えてくるのか。しつこすぎて、ほとほと嫌になります。


軍手の人差し指がすぐに擦り切れてしまい、いくつ使い倒したかわかりません。


いろんなタイプを試した結果、最終的に落ち着いたのは── 親指と人差し指が厚手になっていて、ゴムがなく、通気性のある薄手の軍手。指もぴったりでないとつまみにくいので、サイズはぴったりがマスト。たかが軍手、されど軍手、一日中つけているので、相性が何より大事です。

軍手の話はさておき、草むしりという果てしない単調作業を続けられたのは、自分でも驚くくらいの粘り強さ、というか、しつこさ。
こういう時、自分の性格が味方になるんだなと感じました。


高温多湿である日本の有機農業において、最初にして最大の関門は、間違いなく「草」です。
草とどう向き合うか、ここが大事な最初の勝負どころなのです。

6. 台風と、親心

10月。さとうきびの背丈はすでに3メートルを超え、畑もようやく落ち着きを見せはじめた頃。

──台風がやってきました。


直撃はまぬがれ、南に大きくそれてくれたものの、夜半から吹き荒れた北側の巻き返しの風。
畑が北東から風をまともに受ける立地だったこともあり、眠れない夜を過ごしました。


翌朝、急いで畑に向かうと──
そこには、昨日まであれほど真っ直ぐに立っていたさとうきびが、南東に向かって一斉に傾いている光景が広がっていました。傾きはひどいもので45度。


台風がかすめただけで、ここまで傾いてしまうとは──。これが直撃だったらと思うと、ぞっとしました。

居ても立ってもいられず、その日のうちに支柱と紐を買いに走り、一日かけて、なんとか一株ずつ立て直しました。

この一件で、意外にも心配性で過保護な自分に気づきました。

傾いたままでも、さとうきびにとっては想定内で、倒れてもまた自力で起き上がる──そんな強さがあることは、知識として知っていました。
一方で、登熟期に倒れると糖分が回復に使われてしまう、という懸念もありました。


とはいえ、それ以上に、倒れたままの姿が痛々しくて、見るのが辛かっただけなのかもしれません。さとうきびのためといいながら、私自身の不安をどうにかしたかっただけかもしれない。


親心、とひとことでは言い切れない、あまりにも複雑な気持ちの混ざった判断だったように思います。

7. 秋の穴掘りは、覚悟の証

収穫前の秋、大仕事が待っていました。

来年の苗用のさとうきびを保存するため、深さ1m、2×5mの大穴を掘る作業です。
掘り始めてすぐに困ったのは、掘りあげた土の置き場。行き場がなくなったら、スコップで周囲に移動しては、また掘り上げる、の繰り返しです。


通りすがりの人にも「何これ!?」と驚かれるほどの大穴。ちょっと、いや、だいぶ大きく掘りすぎました。



ある方が見に来た時に、おどろいた様子でこう言われました。
「あなた、本気なんだね」──当時、私が本当に農業なんてできるのか半信半疑だったそうです。


自分ではただ、やりたいように動いていただけ。でも、そういう行動で気持ちって伝わるんだなあと、なんとも言えない気持ちになりました。
何をどれだけ言葉で語っても、本気かどうかは、結局こういう姿でしか伝わらないものなのかもしれません。

8. 最後の作業、冬の株掘り

初年度最後の作業は、年明けの畑で行った株掘りでした。

さとうきびを収穫した後、土の中に残された何百もの株を、スコップでひとつひとつ掘り起こしていきました。
根はそれほど深くないものの、土との密着が想像以上。株自体もずっしりと重く、腕力と根気の勝負です。


夏だったら、きっと途中で倒れていたでしょう。冬で本当によかった。

毎日せっせと掘り続ける姿を見ていたご近所の方が、最終日、ひとこと「おめでとう」と拍手をくれたのが、素直に嬉しかったです。
いまでもバックホーを見ると「あれがあったら…」と、つい羨望のまなざしを向けてしまいます。 

9. 初年度を、振り返ってみると

今思えば、肥料はかなり少なかったはずなのに、さとうきびは立派に育ってくれました。
見えない土の力と、さとうきび自身のポテンシャルに助けられた、まさにビギナーズラックの一年でした。


始める前に、できるだけ知識を詰め込んでのぞみましたが、実践の場では意外と役に立たないことも多く、まさに百聞は一見にしかずの連続。


数値や知識よりも、実際に見て触れて、目で観察して、自分の中に落とし込んでいく。それが、結局はいちばんの近道でした。他の地域や畑での正解が、自分の畑での正解ではないのだということです。


草、虫、土、水、風……
こうしたひとつひとつと真摯に向き合うことで、農業の心構えのようなものも、少しずつ、でも確実に身についていったように思います。


そして、初年度、最も活躍した道具。
それは、間違いなく、スコップでした。

10. さいごに

わからないことだらけで手探りだった毎日。でもその分、すべてが新鮮で、驚きと発見に満ちていました。

目の前の小さな出来事に一喜一憂した、それぞれの時間。
あの頃の無邪気さやひたむきさは、今はもう遠い昔のようですが、忘れずに心に留めておきたい、そう思える初年度でした。

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