新しいお砂糖の商品化で身にしみた、シンプルであることの難しさ

シンプルな食材で加工食品を作ることが難しい理由はいくつかあります。

第一に、食材そのものの品質や特性にかなり依存されます。
良質な食材を選定し、できるだけそれらの風味や特性、個体差による振れ幅などを把握して、最大限に活かす方法を見つける必要があります。


食材単体でも十分に勝負できるものでなければ、いろいろなものを足さざるを得ません。


また、シンプルな食材で構成するには、風味や見た目を良くするために使用される多くの添加物や調味料も極力減らさなければなりません。少ないなかで、食材同士の相性やバランスも考慮する必要があります。


これらの要素をふまえると、多くの研究や試行錯誤が必要となり、商品の開発には予想以上の時間と労力がかかることも。
シンプルであればあるほど良い意味でのごまかしがきかなくなるのです。



ここからは、わたしたちの商品開発におきかえて具体的にお話ししていきます。

わたしたちの商品は、さとうきびという単体の食材からつくられます。
さとうきびの茎を搾って煮詰めて固める。そこだけみると、シンプルで簡単そうだね、といわれてしまいそうですが、実際にはそうではありません。

加工黒糖ではない純粋な黒糖を安定してつくることは、さとうきびの状態に大いに左右されるため、非常に難しいことは業界でも広く知られています。

わたしたちが目指した、いままでにない全く新しいクリームタイプのお砂糖は、いわゆる含蜜糖とよばれるお砂糖の一種。


黒糖もそうですが、含蜜糖は蜜を削ぎ落とすその他のお砂糖と比べて、蜜の部分に安定化を阻むたくさんの微量成分がふくまれているのでかなりのくせものです。

一般的な黒糖は製糖の度に石灰を加減しながら入れることでなんとか安定化をはかっていますが、わたしたちは石灰を添加しないことを選択したため、この時点ですでにハンデ。


また、固形ではなく半固形のクリームという形状を目指したのですが、実はこのクリームという状態、安定性を保つのが難しいカタチなのです。

物質の側からしてもどっちつかずで不安定。完全な固形や液体のほうが安定しやすいので、どうしてもどっちかに寄ろうとします。

中途半端な半個形の物質は、食品加工においてはその性質や挙動が一定しない場合があるため、非常に扱いにくいのです。


さらにとどめとして、お砂糖は温度次第で結晶の粒子の状態も容易に変化してしまうというおそろしく不安定な性質を持っています。

石灰不使用+クリームというお砂糖のカタチを選択したことで、完全に自らの首を絞める羽目になってしまったのです。
こんな羽目になるのなら、最初から手をつけてはいなかったと思います。


でも、乗り掛かった船。


とにかくなんとしてでもカタチにせねばという一心で取り組みました。
それでも、添加物を使ってでも安定させるか、添加物は絶対に使用せずになんとか落としどころを見つけるかで、途中何度も揺れ動きました。


転化糖を添加してしまえば、結晶化を抑えて練乳のようにやわらかくてなめらかな状態を保てます。
粘性が高いことで充填時に気泡が入りやすいので、消泡剤をつかってしまえば気泡を消せます。


蜜の水分が多いことで保存性が悪いとなれば、保存料をつかってしまえば常温でもカビの心配もなく保存期間も長くなります。
いいことだらけです。


でも、いまのわたしたちが、添加物を使ってまでしてつくる意義が果たして本当にあるのか、ありのままを届けたいのに、ありのままを知ってもらいたいのに、何かを加えて見繕うことは理念に反しないのか、最後まで問いかけ続けました。

さとうきび栽培や他の準備と並行して開発を進めることおよそ3年。

最終的な落としどころとして、何も加えない代わりに、理想よりもかための仕上がりにすることで見た目と風味のどちらも損なわずに済むよう調整しました。


気泡に関しては、かなりアナログな手法で工夫をこらしつつ、時間をかけることで許容範囲にまでおさえ、品質の問題をクリア。

そして、外気温や室温による品質への影響が完全に解決するまでは、常温から冷蔵保存に切り替えることでひとまず決着をつけました。


その他の不確定要素に関しては、仮説と検証をひたすら繰り返し、ひとつずつ答え合わせをしていくよりほかなかったため、何度もふりだしに戻されながらも、無数のなぜ?を地道に消していきました。

こうして、100%さとうきびだけでつくったクリームをようやく完成させたのです。

試行錯誤の日々をあらためて振り返ってみると、もしかしたら独りよがりの側面もあったのかもしれません。

でも、さとうきび本来の風味を、クリームというカタチでどうしても知ってもらいたいという強い想いと、試作品を気に入ってくれて、いろいろな立場でサポートしてくれる周りのかたの想いも背負っていたからこそ、あきらめずに実現できたと思っています。


できればもう二度と味わいたくはない経験ですが…。


つくり手の苦しみを経験したことで、買いたいと思った食品がシンプルな構成だと、それだけで私のテンションは上がってしまいます。開発に携わったひとたちの努力が、勝手に垣間見える瞬間のような気もします。

もちろん、複雑でたくさんの食材を組み合わせて完成させる食品にも、また別の大変さや素晴らしさはあるかと思います。食材のコストもかさみますので、価格とのバランスを取るのも大変です。


でも、頭の片隅にでもいいので覚えておいていただけたらうれしいです。


シンプルであることの難しさと尊さを。