黒糖作りにおける石灰の役割と、石灰不使用の存在価値

目次

はじめに

黒糖は、以前の記事でもお伝えした通り、蜜ごと結晶化させた含蜜糖と呼ばれるお砂糖。

さとうきびが育まれた環境やつくり手のこだわりどころによって、見た目の色や固さ、風味などにも違いが生まれる個性豊かなお砂糖です。そのなかでも、製造過程で石灰を使用するかどうかは大きなポイント。

実際には、ほとんどの黒糖には石灰が使用されているのですが、石灰不使用の黒糖も存在します。

とはいっても、ほとんど見かけることのない石灰不使用の黒糖。一般的な黒糖と具体的に何がどう違うのでしょうか。


結論からお伝えすると、石灰不使用の黒糖は、しっとりとやわらかい質感が大きな特徴です。
黒糖といえば、ごつごつとした固いブロック状やそれを砕いた粉末を目にする機会がほとんどだと思いますが、それは主に石灰の作用によるもの。石灰を使わない場合、よほど乾燥させない
あそこまでカチカチにもなりませんし、サラサラした粉末にもなりません。

また、しっとりしている分、蜜をしっかりと感じることができます。風味に関しても、おそらく想像している黒糖とはかなり異なるかと思います。

そこで今回は、石灰の有無でなぜこのような違いが生まれるのか、もう少し具体的にみていきます。

石灰とは

石灰とは、主に消石灰(水酸化カルシウム)を指します。通常、石灰岩や貝殻などを焼成して二酸化炭素を放出させ、水と反応させてつくられます。
食品加工では、安全性を考慮して最も高純度な石灰を使用します。
非常に強いアルカリの性質を持っており、主成分はカルシウムです。

お砂糖作りで、さとうきびの搾汁液に石灰を添加するのは、こんにゃく作りで凝固剤として使われるのと同じくらい一般的。
石灰は、安価且つ少量でも効果を発揮するため、食品業界でも非常によく使われる添加物です。


ちなみに、精製された粗糖やきび砂糖、白砂糖なども最初の段階では石灰を使いますが、今回はさとうきびの風味や質感に着目し、含蜜糖である黒糖に限定して話を進めていきます。

一般的な黒糖に石灰を使用する理由

1.不純物の除去→風味や品質を安定させる

ワインの製造過程でも、品質の安定やクリアな味わいのために不純物を除去する清澄剤が使われますが、それと同じような役目といえばわかりやすいかもしれません。

黒糖はさとうきびの搾汁液をそのまま濃縮して仕上げるので、さとうきびの個体差による影響を強く受けます。個体差による影響というのは、主に搾汁液の成分比率によるものです。
さとうきびの主成分は水分とショ糖(白砂糖と考えてください)ですが、それ以外にもたくさんの微量成分が含まれています。


この微量成分、微量ながらもあなどれません。
化学的な反応や物理的な性質に影響を与えるためです。結晶構造や分子配列にも影響を及ぼすことがあるので、あらかじめ除去することで品質の安定につなげています。

2.結晶化阻害要因の阻止→固まりやすくする

さとうきびの搾汁液を煮詰めて冷やし固める際、さとうきびの状態によっては思ったようにカチッと固まらずに飴っぽくなってしまうことがあります。結晶による固まり具合も毎回決して同じなわけではありません。

石灰を入れて中和させると結晶化が進みやすくなり、結果として固まりやすくなります。さとうきびの搾汁液のpHは4.5〜5.5。対して石灰はpH12~13。pHとは、液体の酸性度やアルカリ度を表す指標です。
大体pH7あたりになるように中和させるのが一般的ですが、さとうきびのそのときの状態やつくり手によって変わります。

3.水分活性の低下→常温での長期保存が可能になる 

固まるということは、糖の結晶と結晶の間にある水分の動きが制限されます。
水分が制限されることで、黒糖の水分活性が低くなります。水分活性が低くなると、黒糖の中での微生物の活動が抑制され、保存性が向上します。


このような石灰の作用に加えて、さらに物理的に乾燥させる工程を経て、より保存性の向上へとつなげています。

4.伝統

その地域で、石灰を施す昔ながらの製法が代々受け継がれてきたのならば、その伝統を守るためでもあります。石灰は添加するものであり、石灰の調整ができるようになってこそ一人前。石灰添加はとても重要な役割を果たしているはずです。

5.好み

石灰を入れた黒糖のほうが純粋に好みだと感じるならば、入れる選択をするのは当然かなという意味で、理由の一つとしました。安定云々ではなく、味が好みという場合ももちろんあります。

石灰不使用の黒糖

石灰不使用の黒糖は、上記にあげた1~3すべての恩恵を受けることができません。
それなのに、なぜ使わないのか。


それは、さとうきび本来の風味を享受できるという大いなるメリットがあるからです。
何も添加しないということは、正真正銘さとうきびだけの風味です。それだけで十分すぎるほどの価値なのです。

また、石灰不使用の黒糖がしっとりとやわらかい質感になるのは、石灰に頼らずさとうきびそのものが持つ結晶の力に任せているためです。

石灰の使用と風味への影響

石灰不使用の黒糖はさとうきび本来の風味を享受できるっていうけれど、それでは石灰を使用した一般的な黒糖は、さとうきび本来の風味ではないの?と思うかもしれません。
少ししか入れていないのなら、何も変わらないのでは?と思うかもしれません。


でも、石灰は強アルカリ性。ほんの少しでもいれると搾汁液の性質がガラッと変わります。それほどの効力を持っています。性質が変わってしまえば、風味や仕上がりの状態にも少なからず影響を与えます。

わかりやすい一例としては、石灰によるえぐみです

あともうひとつ。

石灰は、搾汁液を中和させるだけではなく、前述のとおり不純物を吸着沈澱させる作用もあります。不純物を吸着沈殿させたあとは、上澄み液だけを使用して煮詰めていくので、不純物のなかにもある旨味も、全てではないにしてもある程度は除去されてしまいます。


添加しないものと全く同じということはありえないのです。

自然により近い、石灰不使用の黒糖

さとうきびを構成するショ糖以外の微量成分は、土の中の養分と光合成によってさとうきびが自ら作り出した貴重な成分です。もちろんこの中には人間にとって有益なミネラルも含まれています。

野菜や作物、果実などの植物の風味がそれぞれ異なるのは、主成分の違いによるだけではなく、この微量成分によるところも大いにあります。
さとうきびだって植物、おんなじです。


さとうきびにしか出せない自然の恵み、壮大な風味がぎゅっとここにつまっています。


石灰不使用の黒糖は、何も添加していない分、不純物も取り除いていない分、さとうきび本来の風味が最も感じられる、さとうきびに忠実なお砂糖です。

まとめ

石灰を使う役割は、品質の安定のため。石灰を使わない目的は、安定よりもさとうきび本来の風味を優先するため。

石灰が良い悪いという単純な思考ではなく、それぞれの良さがあります。
石灰を使うことの意義、使わないことの意義、それぞれを理解したうえで黒糖を味わってみると、また違った景色がみえてくるかもしれません。

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