はじめに
お砂糖は身近でありふれた存在です。お店に行けばいつでも手に入り、なくなって困ることもありません。加工食品にはたいていお砂糖が入っていると言っても過言ではないですし、お菓子作りや料理にも、手軽に気軽に使われています。
まさに大量生産・大量消費の象徴でもあるお砂糖。
そんなお砂糖が、かつて大変貴重で贅沢品だったという事実をあなたは知っていましたか。
貴重だったお砂糖が、いったいどのような歴史を経て、今のありふれた存在へと移り変わっていったのでしょうか。
1.さとうきびの起源とお砂糖の誕生
さとうきびは、ニューギニアあたりが原産とされるイネ科の植物です。お砂糖発祥の地とされるインドでは、約4000〜3000年頃からさとうきびの栽培が始まっていたとされています。
当初は、さとうきびの茎を噛じって甘い汁を楽しんだり、発酵させて飲んでいたりもしたようです。
さとうきびの搾汁液をそのまま煮詰めて固形化する技術は、紀元前500年前後に開発されたと考えられています。この、いわゆるお砂糖の発明は、甘いものを求めていた多くの人々を魅了し、瞬く間に評判が広まっていきました。
2.中世イスラム世界とお砂糖の広がり
7世紀から8世紀頃になると、イスラム帝国がインド大陸やペルシャ、エジプト、そして地中海沿岸へと勢力を拡大する中で、さとうきびの栽培技術と製糖技術も拡散していきました。特にエジプトやシチリア島では、お砂糖が高価な嗜好品として生産され、交易品として重要視されるようになりました。
イスラム世界の繁栄により、お砂糖はヨーロッパへも輸出され始めますが、この時期のお砂糖は非常に高価で、上流貴族や一部の裕福な商人しか手に入れることができない贅沢品でした。また、贈答品や装飾品、薬品としても利用されるなど、その価値は格別でした。
3.大航海時代とお砂糖の黄金時代
15世紀から16世紀にかけての大航海時代、お砂糖の価値はさらに高まります。お砂糖は金に匹敵するほどの価値を持ち、ヨーロッパの経済を支える重要な産物となっていきました。
ヨーロッパの列強国(ポルトガル、スペイン、オランダ、フランス、イギリス)は新たな領土を次々と開拓し、さとうきびのプランテーション(大農園)を設けました。特に、南米のブラジルやカリブ海諸島(西インド諸島)はさとうきび栽培の中心地となり、お砂糖の劇的な増加をもたらすこととなります。
しかし、このプランテーションの開拓により新たな悲劇が生まれます。膨大な労働力を必要とするため、奴隷として、アフリカ人が大量に現地に送られるようになったのです。
4.三角貿易と奴隷制度
17〜18世紀、ヨーロッパ列強は大規模なプランテーションをさらに展開し、お砂糖の生産や貿易も活発化していきました。ヨーロッパからアフリカへは鉄製品や織物、酒などが、アフリカから南米には奴隷が、そして南米からヨーロッパにはお砂糖が輸出される、いわゆる三角貿易の始まりです。
この三角貿易によって、ヨーロッパは巨額の利益を得ましたが、奴隷とされた1000万人以上の人々の犠牲の上に成り立っていたことを決して忘れてはなりません。
5.産業革命とお砂糖の大衆化
19世紀に入ると、イギリスの産業革命とともに、お砂糖の生産技術がさらに進化し、価格も下がり始めます。さらに甜菜(ビート)からお砂糖をつくる技術も開発され、ヨーロッパ各地で甜菜が栽培されるようにもなりました。特に、ナポレオン戦争期にイギリスからのお砂糖の輸入が制限されたフランスでは、甜菜糖の開発が急速に進んだとされています。
お砂糖は、ようやく庶民の手にも届く嗜好品となり、大衆消費社会が形成されました。労働者階級がますます増加すると、彼らのエネルギー源としてもお砂糖が重宝され、日常の食卓に欠かせないものとなっていきました。
一方、イギリスでは1807年に奴隷貿易が禁止され、1833年には奴隷解放法が施行されました。これにより、お砂糖の生産における奴隷労働への依存が減少し、お砂糖の生産と流通の形態もようやく変わっていくこととなりました。
6.現代社会におけるお砂糖の価値と批判
20世紀に入ると、お砂糖の大衆化はさらに進み、世界中で大量に消費されるようになりました。特に、アメリカやヨーロッパではお砂糖を使った加工食品や飲料が急速に広まりました。
しかし、ここでお砂糖の「価値」は新たな局面を迎えます。
大量消費とともに、お砂糖の健康への影響が次第に問題視されるようになったのです。特に、肥満や糖尿病の増加が社会問題となり、お砂糖の過剰摂取がその一因であるとされ、一転して批判の対象となりました。
21世紀になり、お砂糖に対する悪いイメージがさらに高まる中、お砂糖そのものを断ったり、糖質制限や低糖質な食生活なども新たに注目されています。
しかし、いまなおお砂糖が使われたスイーツは世界中で変わらず愛され、お砂糖を入れた加工食品もますます増加しています。今日においても、お砂糖は食を支えている主要な原材料であることに変わりはないのです。
最後に
こうして歴史を振り返ってみると、お砂糖ほど人々の生活を大きく変え、政治や経済、文化にまで影響をあたえた食品は他にないと言えます。本来、さとうきびもお砂糖も、非常に貴重で高価だったからこそ、人々をこれほどまでに強く惹きつけ、多くの変革を促す力となったのです。
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さとうきびを初めてかじって甘い汁を飲んだとき、その汁を煮詰めてお砂糖ができたとき、そしてそのお砂糖を口にしたとき——そのひとつひとつが、当時の彼らにとって大きな驚きと感動だったに違いありません。
そして現在、
さとうきびとお砂糖の『小さな』つくり手となった私も、実際に初めていちからつくってみたときは、そのひとつひとつに驚きと感動がありました。
もしかしたら、私はこの活動をとおして、あの頃の人々がお砂糖に感じた特別な想いや体験を、現代に再現しているのかもしれません。
過去に想いを馳せ、原点に立ち返れば、当時の彼らと同じように、お砂糖の本来の価値を、自ずと感じられるのではないでしょうか。